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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)70406号 判決 1976年4月09日

原告 中村ナミ

右訴訟代理人弁護士 遠藤雄司

被告 中野峯夫

右訴訟代理人弁護士 奥野健一

早瀬川武

萩原克虎

主文

東京地方裁判所昭和四八年(手ワ)第六〇八号約束手形金請求事件の手形判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金二四〇〇万円及び内金八〇〇万円に対する昭和四六年八月八日から、内金一〇〇万円に対する同年同月一一日から、内金三〇〇万円に対する同年同月一三日から、内金一五〇万円に対する同年同月一七日から、内金三〇〇万円に対する同年同月二四日から、内金三五〇万円に対する同年同月二五日から、内金四〇〇万円に対する同年同月三一日から各完済まで、各年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

原告は請求原因として

1  被告は、原手形判決別紙手形目録のとおり要件の記載があり、振出人の記名押印のある約束手形八枚に白地式裏書をし、かつ拒絶証書作成義務免除の趣旨をこれに付記した。

2  原告は現在右八枚の手形の所持人であるが、被告の後者の裏書は抹消されているので、被告と原告との間には裏書の連続がある。

3  原告は右八枚の手形を、それぞれの支払呈示期間中に支払場所に呈示した。

よって被告に対し、右八枚の手形の手形金と、これに対する各満期以降完済までの、手形法所定の利息の支払を求める。

と述べた。

被告は答弁として

請求原因1の事実は否認する。原告主張の約束手形八枚の各裏書欄に、被告名義の記名と押印があることは認めるが、これは後主出松本美夫及び辻谷勝美が、被告の記名用ゴム印と、被告の保管しない「中野」と彫った印顆を使って被告の裏書を偽造したのである。

2と3の事実は認める。

と述べ、抗弁(予備的抗弁)として次のように述べた。

1  (消滅時効)

A  本件八枚の手形の裏書人としての被告の償還義務は、最後の満期である昭和四六年八月二九日から一年を経過した昭和四七年八月二九日に時効によって消滅している。

B  右各手形の振出人堀池稔の手形金支払義務は、最後の満期の日から三年を経過した昭和四九年八月二九日に時効によって消滅したから、裏書人たる被告の償還義務も同日これに伴なって消滅した。

2  (原因関係)

A  本件各手形は、すべて松本美夫及び辻谷勝美が、債権者増田亀吉に対する負債返済の担保とするために、増田の知人たる被告の氏名を各裏書欄に記載して増田に交付した手形であって、手形目録3及び5の手形は右両人が増田から新規に借金した際に交付されたもの、同目録のその余の手形は、当初の担保手形の書替手形として交付されたものである。

B  しかるに、別紙借受表(一)、(二)のとおり、本件各手形ほか一枚、計九枚の手形を担保とする松本と辻谷の借金について、両人が増田に支払った利子は、すべて利息制限法の制限を超える日歩二〇銭の計算による額であるから、制限超過分を元本の弁済に充当すると、両人の残債務は別表(一)のとおり二四、一九六、六五二円であり、これから更に同表(一)9の元本弁済分(昭和四八年三月六日弁済)を控除すると、一九、一九六、六五二円となる。

C  松本は上記の分とは別に、別紙借受表(三)のとおり増田から借金したが、その利子として同人に支払った金額は、前同様日歩二〇銭の計算による額であるから、制限超過の利子一、四四四、九一五円は、増田の松本に対する不当利得金である。

D  辻谷は上記の分とは別に、別紙借受表(四)のとおり増田から借金したが、その利子として同人に支払った金額は、前同様日歩二〇銭の計算による額であるから、制限超過の利子一、六五六、四八九円は、増田の辻谷に対する不当利得金である。

E  右C及びDの借金について松本及び辻谷のために連帯保証人となった被告は、主債務者両人の上記不当利得返還請求権を自働債権として、増田の右両人に対する貸金債権と対当額で相殺する意思表示をした。その結果増田の右両人及び被告に対する債権は一六、〇九五、二四八円となっている。

F  原告は本件各手形の期限後の取得者であるから、被告の増田に対する抗弁の対抗を受け、E記載の金額の範囲でしか手形金請求権がない。詳説すると、手形目録1の手形金債権は全部消滅し、同2の手形金債権は三、七一一、七三六円を残すこととなり、同3ないし8の各手形金債権は別表(一)の3ないし8の「充当後の元本」欄記載の金額であるので、この合計は一六、〇九五、二四八円である。

原告は、抗弁に対する答弁及び再抗弁として次のように述べた。

1  抗弁1のABとも日時の経過は被告主張のとおりであるが、再抗弁で述べるように、消滅時効の利益は放棄されている。

2  抗弁2のAないしEの事実はすべて不知。そのFにおける、原告が期限後の手形取得者であることは否認する。原告は満期前に被告から白地式裏書による手形の交付を受け、これを高沢信一に譲渡し、満期後同人から返還を受けて手形を所持するのである。

3  被告は昭和四七年一一月二七日原告に対し、被告が本件手形八枚及び本件外手形一枚(別紙(一)の9の借金の担保手形)、合計九枚の手形の手形金二九〇〇万円の債務を負担することを承認し、更に昭和四八年三月六日原告に対し、右本件外の手形金五〇〇万円を支払うと共に、本件各手形金合計二四〇〇万円を割賦弁済することを約束した。従って、被告の本件各手形金償還義務の消滅時効は、被告が同日その利益を放棄したのである。なお抗弁1のBの主張は、時機に遅れた防禦方法の提出である。

4  抗弁2Eの反対債権が発生したとしても、被告は前項の割賦弁済約束をした際反対債権を放棄した。

被告は再抗弁に対する答弁及び再々抗弁として、次のように述べた。

再抗弁事実中被告の原告に対する債務承認並びに割賦弁済約束の締結の点は認める。しかし、右債務承認の意思表示は増田亀吉及び輩下の連中が被告を取囲み強迫した結果されたものであって、被告はこれを理由として昭和五〇年九月二六日の本訴口頭弁論期日で取消の意思表示をした。又、昭和四八年三月六日の割賦弁済約束は、被告が病中で判断力が減退したところに原告訴訟代理人たる遠藤雄司弁護士と他一名が強制を加えた結果されたものであって、公序良俗に反する無効の約束である。

原告は、右再々抗弁事実中強迫の点及び公序良俗違反の点は否認すると答えた。

≪証拠関係省略≫

理由

原手形判決手形目録に表示された八枚の約束手形を、原告が現に所持する事実は当事者間に争がない。そして、≪証拠省略≫によれば、右各手形裏書欄の被告名義の記名は、弁護士の肩書のあるゴム印による記名であり、その名下の押印は小判型の「中野」と読める認印の印影であることが認められる。

被告は、被告が右各約束手形に裏書したことを否認し、被告本人尋問の結果(第二回)には、右ゴム印及び認印が自己使用のものと異なる旨の供述がある。しかし、成立に争のない甲九号証、一〇号証には明らかに被告が右八枚の約束手形金の支払保証をしたことを確認する旨及び右金員を分割して支払うことを原告に約束する旨の記載があって、上記供述とは趣旨を異にする。尤も、右甲九号証、一〇号証の作成は強迫又は強制に基づくというのが被告の主張であり、被告本人もその具体的事実を供述するが、高齢とはいえ永年法曹職にある被告が、短期間に二回も自己の意思と異なる内容の記載された文書に署名するとは考えられないので、右供述は信用しがたく、被告の主張は理由がない。そうすると、本件各手形の被告名義の裏書が、被告の意思によらない旨の被告の供述も信用しがたいから、これらの裏書はすべて被告の意思に基づいて作成されたか、仮に作成当時はそうでなくても、後日被告がその行為を追認したものと認めるのを相当とする。

抗弁1のBについて考える。本件八枚の手形のうち最も遅い満期は昭和四六年八月二九日であるから、振出人堀池稔の支払債務の消滅時効は昭和四九年八月二九日を最後として全部完成することになる。被告のこの点の主張に対し、原告は時機に遅れた防禦方法であると反駁するのみで、中断の事実も主張しないから、中断することなく時効完成したものと認められる。そうすると、仮に被告が原告に償還義務を履行して手形を受戻しても、被告が振出人に再遡求する道は塞がれているわけであるから、被告は受戻による失費を回収することが不可能になる。従って、約束手形の最終支払義務者が時効により義務を免がれる場合は、中間の償還義務者の義務も消滅するとしなければ、約束手形の支払に関する法の建前に反することになるので、被告の原告に対する手形金債務は堀池の債務の消滅に伴ない消滅したものと判断する。

右の被告の抗弁は、昭和五〇年九月二六日の本件第一一回口頭弁論期日において主張されたものであるが、訴訟の経過に照らして時機に遅れたものとはいえないし、又なんらの立証を要しないことであるから訴訟を遅延させるものでもない。却下を求める原告の申立は理由がない。

原告の再抗弁3は、前段の理由による債務の消滅に対する再抗弁事由とはならない。けだし、被告の支払約束は昭和四八年三月六日のことであるのに、振出人の債務の消滅は昭和四九年八月三一日であって、右支払約束締結の際に、振出人の債務消滅による裏書人の債務消滅に考えが及んだ上で約束が結ばれたことは認められないからである。

以上説示のとおり抗弁は理由があるので、原告の本訴請求は失当である。よってこれを認容した原手形判決を取消して請求を棄却することとし、民事訴訟法四五八条、八九条を各適用して、主文のように判決する。

(裁判官 吉江清景)

<以下省略>

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